碧の水田を舞う純白の蝶の群れ | 青パパの無限増殖ver.187

碧の水田を舞う純白の蝶の群れ

久世 光彦
蝶とヒットラー

ムイネーからサイゴンへの帰途。果てしなく広がる肥沃な水田地帯を韓国製の白いセダンは進む。対向車、バイクは見当たらないものの、メーターは60キロを指したまま、安全かつ慎重な運転。
後部座席から響く二人のお喋りが中断し、助手席より前方を見遣る、と。
可憐にたなびく白いアオザイの行列が視界に飛び込んでくる。午前中の授業を終え、下校途中の地元の高校生たち。一糸乱れぬ整然さと風を切る溌剌さ、未完成の美しさを弾き飛ばしながら。
初めてサイゴンを訪れた際、初な旅行者だった私はシクロドライバーに頼んで、「愛人」の舞台になった高校に足を踏み入れたり、清楚な青い制服姿の女子大生を撮影に行ったりしたのでした。あの時の写真、ビデオはいずこ?購入した絵葉書は残らず、友人の許へ。
在住者でも純粋な旅行者ですらない私ですら、無垢を象徴するアオザイの裾をつまみ、健やかさを顕示し、碧の水田の間を駆け抜ける一陣の風に感嘆する。デジカメではなく褪せない記憶に刻みこもうとして、視線を逸らす一瞬も惜しんで。