ランソム | 青パパの無限増殖ver.187

ランソム

僅かに開いた汽車の窓の隙間から、煤けた匂いと冷気が入り混じった風が吹き込んでくる。ハノイからの夜行列車でホーチミンへ向かう車中。切符売場で散々、販売係と揉めた後、旅の終焉を予感し沸き上がってくる疲労と不安。それを和らげてくれた初老の男性との会話。独学で覚えた拙いベトナム語を駆使して意思を伝え、アドレスを受け取る。
竹で編まれた背もたれに身体を預け、ここから一日半の道程に思いを馳せ。異国を漂う根無し草の危うさなど気にも留めず。マキナニーの「ランソム」を英語で追う。時折、流れ込む煙と粉塵に咳込み、どうにも締まりのない窓に諦めもし。活字の波と、夢の海を行き来する。
二日目の夕方、終点のホーチミンが近付き、乗客も減り、緊張も気詰まりも薄れかけ食事を取っていると。隣のこわもての男性が肩を叩き、戸惑う異邦人の表情をよそに破顔し、優しくぽつり。
「メリー・クリスマス」
肩と背中の痺れと微かな痛みを忘れさせる声に安堵し同じ言葉を返す、八年前の冬。
ティム・バートン, 永田 ミミ子
ティム・バートンナイトメアー・ビフォア・クリスマス